サマリ
介護記録は、ケアの後に書く事務作業では終わりません。食事、排泄、移動、服薬、睡眠、表情、会話など、その日に行った支援と利用者の変化を残し、次の担当者、ケアマネジャー、医療職、家族へつなぎます。サービスを提供した事実を確かめ、計画を見直し、加算の要件に沿って情報を提出するときの土台にもなります。
本レポートでは、この役割を「ケアの証拠」と呼びます。これは法令上の用語ではありません。いつ、誰に、何を行い、利用者がどう反応し、何を次へ引き継ぐのかを、後から確認できる記録という意味です。
生成AIの役割は、行っていないケアを補ったり、利用者の状態を勝手に評価したりすることではありません。職員が残した音声メモや箇条書きを所定の項目へ並べ、特記事項の下書きと不足候補を示すところまでです。担当職員が原メモと照合し、事実、表現、必要な連絡、記録の確定を担います。
書く時間を減らすだけでは、記録が薄くなる危険があります。逆に文章量を増やすだけでも、算定やケア改善にはつながりません。最初に測るのは、記録に要した時間、当日中の確定率、追記・差し戻し、原記録にない記述、次のケアへ使えた記録の割合です。そのうえで、対象サービスと加算の要件を確認し、必要な記録とLIFE等への提出が期限内にそろったかを追います。最初の1業務は、通所介護のサービス提供記録にある特記事項の下書きです。
データ:業界の現在地
従業員不足は65.8%、訪問介護員では82.9%
介護労働安定センター「令和7年度 事業所における介護労働実態調査」は、全国の介護保険サービス事業所18,000件を無作為抽出し、実効調査16,854件のうち8,955件から有効回答を得ています。
事業所全体で、従業員が「大いに不足」「不足」「やや不足」と答えた割合は65.8%でした。職種別では、訪問介護員が82.9%、介護職員が69.8%、看護職員が44.8%です。
この結果から、記録時間を減らせば人手不足が解消するとは言えません。ただし、限られた職員がケア、移動、連絡、記録を担う中で、原メモから定型文書への転記や、同じ内容の書き直しを減らす余地を探す必要性は高いと考えられます。
記録ソフトは72.2%が日常利用、音声のテキスト化は13.2%
同じ調査の介護テクノロジー設問では、8,899事業所が回答しました。パソコンで使う介護ソフトのうち、「利用者情報(ケア記録・ケアプラン等)の入力・保存・転記の機能」を日常的に利用している事業所は72.2%です。介護業務用のスマートフォン・タブレットで記録を入力する機能は53.7%でした。
一方、入力した音声を文章に変える機能の日常利用は、パソコンの介護ソフトで13.2%、スマートフォン・タブレットで16.0%です。
記録の電子化は珍しくなくなりましたが、ケアの直後に残した材料を文章へ整える工程には余地があります。生成AIを導入する前に、まず現場で原記録を残せる端末、項目、権限、通信環境があるかを確認する必要があります。
9施設の実証では、夜間の記録等が47.6分から32.7分へ変化
厚生労働省「介護ロボット等による生産性向上の取組に関する効果測定事業 報告書」は、介護業務支援を導入した9施設について報告しています。従来パソコンやタブレットでまとめて行っていた記録を、ケア直後にスマートフォンのタッチ入力または音声入力で行う運用へ変更しました。
9施設のうち、記録手段をスマートフォンのみへ移行できた施設を対象とする5日間の自記式タイムスタディでは、職員1人1日当たりの「記録・文書作成・連絡調整等」は、昼が導入前49.1分から事後①40.7分、事後②43.2分へ変化しました。夜は導入前47.6分から事後①39.3分、事後②32.7分へ変化しました。
記録・文書作成・連絡調整等に充てた時間
スマートフォンへ記録手段を移行できた施設における、職員1人1日当たりの自記式タイムスタディです。
- 昼:導入前n=93人49.1分
- 昼:事後①n=97人40.7分
- 昼:事後②n=83人43.2分
- 夜:導入前n=93人47.6分
- 夜:事後①n=97人39.3分
- 夜:事後②n=83人32.7分
各時点で対象職員数が異なる小規模実証で、各5日間の自己申告です。スマートフォン入力とインカムを含む運用変更の結果であり、生成AI単独の効果や全介護事業所の平均ではありません。
職員調査81人では、削減された時間の活用先として「利用者とのコミュニケーション」が69%で最も多く挙げられました。記録を短くする目的は、文章を減らすことではなく、利用者の状態を観察し、対話し、必要なケアを行い、その事実を残す時間を確保することです。
データ:この業界だけの構造
記録は、申し送り・計画・請求を同時に支える
介護記録には、一般的な業務日報とは異なる三つの読み手がいます。
- 次の勤務者や多職種は、食事量、排泄、移動、服薬、睡眠、表情、事故・ヒヤリハット、本人の希望を読み、次のケアを判断する
- ケアマネジャーや担当者会議は、計画どおりの支援と状態変化を確認し、ケアプランや個別計画を見直す
- 事業所、保険者、監査担当者は、サービス提供と加算要件に必要な記録・提出がそろっているかを確認する
一つの文章を三者へそのまま使い回すのではありません。現場の原記録を大元として、申し送り、計画評価、請求・提出に必要な情報へ分けて使います。生成AIが役立つのは、原記録にある事実を所定の項目へ並べ、用途ごとの下書きを作り、不足候補を示す部分です。
LIFE関連加算は、情報提出と算定が結び付いている
厚生労働省のLIFE関連加算通知では、LIFEは利用者の状態やケアの計画・内容等を事業所が提出し、集計・分析された情報のフィードバックを受ける仕組みとされています。
科学的介護推進体制加算では、算定開始月、利用開始月、少なくとも3月ごと、利用終了月など、利用者ごとの提出時期が定められています。提出すべき月に情報を提出できない場合、通知に基づく届出が必要となり、情報を提出できなかった期間は利用者全員について加算を算定できません。栄養マネジメント強化加算や栄養アセスメント加算等にも、提出頻度と項目が定められています。
したがって、記録の有無は収入と無関係ではありません。ただし、文章が詳しければ自動的に加算が取れるわけでもありません。サービスごとの人員、体制、計画、実施、評価、説明、同意、届出、LIFE提出など、すべての算定要件を満たす必要があります。生成AIは算定可否を確定せず、必要項目の不足候補と提出期限を人が確認するための材料を作ります。
介護記録には、要配慮個人情報が含まれ得る
個人情報保護委員会・厚生労働省のガイダンスは、ケアプラン、介護サービスの計画、提供したサービス内容、事故の状況等の記録を、介護関係事業者が扱う個人情報の例として挙げています。介護関係記録に含まれる病歴、障害、診療・調剤過程で得られた情報等は、要配慮個人情報に該当し得ます。
そのため、氏名だけを消して一般向けの生成AIへ貼り付ける運用から始めてはいけません。利用目的、入力する項目、保存・削除、アクセス権、操作ログ、委託先、国外取扱い、二次利用・学習利用、事故時対応を確認します。必要な契約と安全管理措置を備えた環境で、職員が扱う範囲を定め、AIを止めても記録を継続できる手順を残します。
原記録を『ケアの証拠』へ育てる
AIは文章を下書きし、ケアの実施と記録の確定は職員が担います。
- 職員がケア直後に原記録を残す実施した支援、利用者の反応、数値、本人の言葉、連絡事項を、時刻と担当者が分かる形で残す。
- AIが特記事項と不足候補を下書きする原記録にある事実を所定項目へ並べ、曖昧な箇所や必要項目の不足候補を未確認として示す。
- 担当職員が照合し記録を確定する原記録と利用者の状態を確認し、誤りを直し、必要な連絡・計画見直し・算定要件確認へつなぐ。
AIが作るのは確定記録ではありません。ケアを行った職員が原記録と照合し、責任を持って確定します。
服部の分析
介護現場の業務整理で目にするのは、「記録が多い」ことより、記録の入口と出口が分かれている問題です。ケア直後のメモ、申し送りノート、介護ソフト、ケアプランのモニタリング、家族への連絡、LIFEの提出項目が別々になり、同じ事実を何度も書き直します。一方、後からまとめて書くと、利用者の小さな変化や、その場で行った支援の理由が薄くなります。
私たちは、生成AIの機会は「介護記録を自動で完成させること」ではなく、ケア直後の短い原記録を、次の人が確認できる下書きへ早く変えることにあると見ています。時刻、実施内容、観察事実、本人の言葉を残したまま、定型項目へ整理します。書かれていない評価や原因を補わず、曖昧な箇所は未確認として戻します。
この設計なら、効率と売上を別々に追えます。効率は、記録時間、当日中の確定、二重入力、差し戻しで測ります。ケアの質は、次の担当者が必要情報を見つけられたか、状態変化が計画見直しや連絡につながったかで測ります。収入は、対象サービスごとに加算要件を確認し、必要な実施・記録・提出が期限内にそろったか、請求後に返戻・過誤・自主点検で修正が生じなかったかで測ります。
生成AIを入れた月に加算額が増えても、AIだけの効果とは限りません。体制整備、研修、対象者の変化、別の業務改善が同時に進むからです。反対に、記録時間が減っても、情報が薄くなり差し戻しが増えれば失敗です。最初から「売上が増える」と約束せず、算定できる状態を期限内に証明できる記録へ近づいたかを段階的に確認します。
提言 — どう付き合っていくか
1. 最初の1業務を「通所介護の特記事項」に絞る
通所介護の1事業所、1つの記録様式で、サービス提供記録の特記事項から始めます。食事、排泄、移動、服薬、活動、本人の言葉、家族・医療職への連絡など、事業所が必要と定めた項目を対象にします。AIは、職員の原メモから文章を下書きし、不足候補を示します。実施していないケア、観察していない状態、職員が判断していない原因は補いません。
2. 原記録とAI下書きを分け、確定者を残す
原メモを上書きせず、AIの下書き、職員の修正、確定時刻、確定者を追えるようにします。数値、否定表現、左右、時刻、固有名詞、本人の発言は重点確認項目です。「転倒なし」を「転倒あり」とするような意味の反転や、別の利用者の記録混入を止めるチェックを用意します。
3. 加算の要件表を先に作り、AIに算定を決めさせない
対象サービスと加算を一つ選び、人員・体制、対象者、計画、実施、評価、説明・同意、記録、届出、LIFE提出、期限を要件表にします。AIは記録から該当候補や不足候補を示せますが、算定可否は管理者や請求担当者が最新の告示・通知・Q&Aと個別事実を確認して決めます。自治体・保険者への確認が必要な点は、未確認のまま請求へ進めません。
4. 時間、ケア、算定の順に効果を測る
最初に、職員1人1日当たりの記録時間、当日中の確定率、修正箇所、原記録にない文章、差し戻しを測ります。次に、利用者との対話や直接ケアへ戻せた時間、状態変化の連絡、計画見直しにつながった件数を確認します。最後に、対象加算について、要件確認の完了、期限内提出、返戻・過誤、請求額を追います。利用者数や要介護度、稼働日、制度改定の影響を分け、単純な導入前後だけで因果を決めません。
着手順は、通所介護の特記事項を1様式に絞る → 原記録の必須項目を決める → AIが下書きと不足候補を出す → 担当職員が照合して確定する → 時間・ケア・算定を別々に測るです。最初の1業務は、通所介護のサービス提供記録にある特記事項の下書きです。
出典・参照データ
本レポートの分析は以下の一次情報に基づいています。統計・数値の詳細は各出典をご確認ください。
- 令和7年度 事業所における介護労働実態調査 結果報告書公益財団法人介護労働安定センター
全国18,000事業所を無作為抽出し、有効回答8,955件(53.1%)。不足感65.8%、訪問介護員82.9%、介護職員69.8%を参照。介護テクノロジー設問8,899件のパソコン記録入力等72.2%、スマートフォン等記録入力53.7%、音声テキスト化13.2%・16.0%を参照
- 介護現場における生産性向上に向けた取組厚生労働省
介護業務支援を導入した9施設の概要と、職員調査81人では削減時間の活用先として利用者とのコミュニケーション69%だったことを参照
- 介護ロボット等による生産性向上の取組に関する効果測定事業 報告書厚生労働省
介護業務支援を導入した9施設のうち、記録手段をスマートフォンのみへ移行できた施設の5日間自記式調査を参照。記録等は昼49.1分から43.2分、夜47.6分から32.7分へ変化。各時点n=93・97・83
- 科学的介護情報システム(LIFE)関連加算に関する基本的な考え方並びに事務処理手順及び様式例の提示について厚生労働省
LIFEが利用者の状態やケアの計画・内容等を提出してフィードバックを受ける仕組みであること、科学的介護推進体制加算等では所定情報の提出期限・頻度・項目が定められ、提出できない場合に算定できない期間が生じることを参照
- 医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス個人情報保護委員会・厚生労働省
ケアプラン、介護サービス提供に係る計画、提供したサービス内容等の記録が介護関係事業者の個人情報に当たること、介護関係記録に含まれる病歴等が要配慮個人情報に該当し得ること、安全管理措置・従業者と委託先の監督を参照

