サマリ
運賃交渉がまとまらない理由は、値上げの必要性を荷主が理解していないからだけではありません。「燃料も人件費も上がった」という業界全体の説明と、「この納品先では何分待ち、この作業を誰が担い、この条件なら車両を何台減らせる」という個別の提案が、同じ資料に混ざっていることがあります。
物流・運送業に固有の資産は、毎日の配車計画と運行実績です。指示した到着時刻、積載量、車格、経路に対し、実際の到着、受付、荷役開始、荷役終了、出発、待機理由、附帯作業を同じ定義で記録します。両者を突き合わせると、値上げをお願いするだけでなく、予約枠の変更、パレット化、検品方法、車両構成、高速道路の利用など、荷主にも選べる改善案を示せます。本レポートでは、この照合を「配車の答え合わせ」と呼びます。
生成AIが担うのは、運行記録を確定したり、待機の責任を決めたり、運賃を自動で提示したりすることではありません。人が確認した配車・運行・原価データから、荷主別の傾向、例外運行、確認が必要な原因、改善案、提案書の下書きを組み立てるところまでです。運行管理者と営業担当者が原記録、契約、原因、金額を確認し、交渉します。
データ:業界の現在地
荷待ちがある1運行の荷待ちと荷役は、単純合計で3時間2分
国土交通省「トラック輸送状況の実態調査」を掲載した令和7年版国土交通白書によると、2024年度調査のうち、荷待ちがある運行として集計された1,259運行では、1運行当たりの平均拘束時間は11時間46分でした。内訳は、運転5時間54分、荷待ち1時間28分、荷役1時間34分、附帯作業16分、点検・点呼41分、休憩1時間54分です。調査回答全体は2,544運行であり、この値は全運行の平均ではありません。
荷待ちと荷役を単純合計すると3時間2分です。2020年度調査でも、荷待ちがある運行として集計された315運行では、荷待ち1時間34分と荷役1時間29分の単純合計が3時間3分でした。調査回答全体は1,315運行です。集計対象の平均拘束時間は2020年度の12時間26分から40分短くなった一方、荷待ちと荷役の合計は、丸められた公表値の単純合計では1分しか変わっていません。
荷待ちがある1運行当たりの荷待ち・荷役時間
国土交通省の2020年度調査と2024年度調査で、荷待ちがある運行の集計値を分に換算して表示しています。
- 2020年度:荷待ちn=315運行94分
- 2020年度:荷役n=315運行89分
- 2020年度:単純合計荷待ち+荷役183分
- 2024年度:荷待ちn=1,259運行88分
- 2024年度:荷役n=1,259運行94分
- 2024年度:単純合計荷待ち+荷役182分
調査回答数は2020年度1,315運行、2024年度2,544運行。図表のnは荷待ちがある運行の集計対象です。同じ運行の追跡調査ではありません。分表示と合計は公表値の換算・単純合計で、丸めの影響を含みます。
この調査集計だけでは、どの荷主、曜日、便、作業を変えるべきかは分かりません。交渉に必要なのは、自社の運行を荷主・納品先・コース単位へ分け、計画との差を同じ定義で測ることです。
4件のDX実証では、計測から改善案まで進んだ
国土交通省が2025年3月に公表したDX実証は、元請運送・物流事業者、実運送事業者、共同参加した荷主事業者による4件の事例で、荷待ち・荷役時間の把握と荷主等への交渉可能性を検証しました。全国の運送事業者を代表する統計調査ではなく、事例調査として読む必要があります。
A社では、集配先ごとの時間を集計し、異常値があればドライバーへ聞き取りました。4事例では、確認された課題に応じて、パレット化、フォークリフトの貸出、自動シュリンク機、バース予約、出荷時間帯、物量に応じた車両手配、料金体系の見直しなどが検討されました。
実運送事業者C社の事例では、主要元請事業者の3営業所における平均荷役時間が、A営業所219分/回、B営業所99分/回、C営業所99分/回と記録されました。紙日報の確認と勤怠入力は66時間/月から7.3時間/月へ変化しています。ただし、これは1社の実証結果であり、運賃交渉は報告書公表時点で継続中です。生成AI単独の効果でも、値上げ成立を示す結果でもありません。
DX実証C社:主要元請事業者の営業所別平均荷役時間
同じ元請事業者でも営業所ごとの差が見えると、全社一律の要望ではなく拠点別の確認と提案に進めます。
- A営業所幹線輸送・10トン車219分/回
- B営業所幹線輸送・10トン車99分/回
- C営業所幹線輸送・10トン車99分/回
国土交通省の4件の実証のうちC社1社の事例です。計測期間・運行数は公表資料に記載がなく、全国平均や営業所の恒常値として一般化できません。
データ:この業界だけの構造
配車には「約束」と「実績」の二つがある
一般的な営業日報と違い、配車には運行前の約束があります。車格、積載量、集荷・納品先、指定時刻、経路、必要な荷役、運賃・料金です。本手法では、運行後の到着、受付、荷役開始・終了、出発、実際の積載、待機理由、附帯作業、走行距離、高速道路利用などを実績として記録します。
この二つを荷主・納品先・コース・曜日で突き合わせると、次の違いを分けて話せます。
| 確認する差 | 荷主と話せること | 人が確認すること |
|---|---|---|
| 指定時刻と受付・荷役開始 | 予約枠、受付順、到着時間帯 | 早着、遅着、休憩、交通事情を除外したか |
| 計画荷量と実績荷量 | 車格、台数、混載、帰り荷 | 容積、重量、荷姿、積載制限 |
| 契約した役務と実際の作業 | 荷役・検品・仕分の分担と料金 | 誰の指示で、誰が、何分行ったか |
| 想定経路と実走行 | 高速道路利用、納品順、締切 | 安全、労働時間、道路条件、契約 |
生成AIは、列名や表現の異なる配車表、運転日報、デジタコ、受付記録、作業メモから、あらかじめ人が定めた対応表に基づいて照合候補を作る補助に使えます。定義の一致は人が確認します。原データの欠損を推測で埋めず、「未記録」「原因未確認」「荷主都合か未判定」を残し、運行管理者やドライバーへ確認します。
2026年、荷待ち・荷役の計測は共通言語になった
物流効率化法では、2026年4月から一定規模以上の荷主・物流事業者が特定事業者の指定対象となり、中長期計画等が義務化されました。定期報告は指定を受けた翌年度以降です。荷待ち時間等の状況を報告する特定荷主・特定連鎖化事業者・特定倉庫業者は、原則として荷待ち時間と荷役等時間を分けて計測します。
国土交通省の算定方法では、荷待ちは指定時刻の有無と実際の到着・受付、荷役開始の関係で起算点が変わります。荷役等には荷積み・荷卸しだけでなく、検品、仕分、ラベル貼り、立会いなども含まれます。早く着いた時間や休憩を一律に「荷主都合の待機」と扱う集計では、交渉資料の信頼性を失います。
また、2024年3月に告示された標準的な運賃は、運賃水準を8%引き上げ、荷役の対価等を新たに加算しました。2025年4月施行の改正貨物自動車運送事業法は、荷主・トラック事業者等に対し、運送契約締結時等に役務の内容と、附帯業務料・燃料サーチャージ等を含む対価を書面で交付することを義務付けました。2026年4月からは貨物利用運送事業者にも対象が拡大されています。つまり、運賃と運送以外の役務を分け、計測した実績を契約・改善へ戻す土台が整っています。
「配車の答え合わせ」を提案書へ変える
運行記録から荷主提案を作る3段階
AIは照合と下書きを補助し、原因・責任・金額・契約条件は人が確認します。
- 計画と実績を同じ単位で並べる1荷主・1コースに絞り、指定時刻、荷量、車格、役務と、受付、荷待ち、荷役、出発の実績を結ぶ。
- 差の原因を人が確認するドライバー、運行管理者、営業担当が原記録を見て、荷主都合、運送側都合、交通事情、未確認を分ける。
- 選べる改善案を下書きする現状維持時の料金、予約枠変更、パレット化、車両構成変更など、条件と期待効果を分けて示す。
交渉の主語を『苦しいので上げてほしい』から『この条件なら、この時間・台数・料金に変えられる』へ移します。
服部の分析
運送会社の現場で起きやすいのは、配車担当者は「この納品先は時間がかかる」と知っているのに、営業担当者が荷主へ説明できる形で数字を持っていない状態です。紙の日報、デジタコ、請求明細、ドライバーの記憶が分かれ、月末には平均値だけが残ります。平均にすると、特定曜日の波動、特定バースの待ち、手荷役の偏りが消えます。
私たちは、生成AIの機会は運賃表を自動で作ることではなく、配車担当者が毎日している答え合わせを、営業が使える提案根拠へ変えることにあると見ています。たとえば「待機が長い便」を並べるだけでなく、指定時刻より早く着いた便、交通事情で遅れた便、受付後に待った便を分け、原因未確認の便をドライバーへ戻します。そのうえで、荷主別・納品先別に繰り返す差だけを提案書へ載せます。
提案は値上げの一択にしません。現状の荷役を運送側が担うなら料金を分ける、荷主側で作業するなら運賃条件を組み直す、予約枠をずらすなら車両回転への影響を示す、パレット化するなら積載量や回収方法まで確認する。荷主が社内で説明できる選択肢にすると、データは対立の武器ではなく、条件を一緒に設計する材料になります。
一方で、生成AIの要約をそのまま交渉根拠にしてはいけません。日報の時刻が欠けている、同じ作業を会社ごとに別名で記録している、待機と休憩が混ざっている、荷主都合か運送側都合か未確認ということがあります。AIは矛盾と不足を示し、人が原記録を確定する。この責任分界を崩すと、速く作った提案書ほど信頼を失います。
提言 — どう付き合っていくか
1. 最初の1業務を「1荷主・1コースの月次答え合わせ」に絞る
全車両・全荷主のデータ基盤から始めません。荷量が多く、配車担当者が改善余地を感じている1荷主の1配送コースを選びます。1か月分の配車計画と運行実績を、運行IDで結びます。
2. 時刻と作業の定義を先にそろえる
指定時刻、到着、受付、荷役開始、荷役終了、出発、休憩、荷主都合以外の遅延を分けます。荷役等に含める作業名も、国土交通省の算定方法と自社の契約に照らして対応表を作ります。未記録をゼロ分に置き換えません。
3. AIには「例外候補」と「提案書の下書き」を作らせる
同じ納品先で繰り返す待機、計画荷量と車格の不一致、契約外に見える附帯作業、曜日波動を候補として出します。各候補に対象運行、原記録、未確認事項を付け、運行管理者とドライバーが確認します。確認済みデータだけで、現状、原因、改善案、期待効果、確認事項を下書きします。
4. 料金と改善を同じ比較表で提示する
現状条件を続ける場合の運賃・料金、予約枠や作業分担を変える場合の条件、パレット・車両構成を変える場合の影響を並べます。金額は標準的な運賃、自社原価、契約、法令、実際の作業を人が確認して決めます。AIに価格決定や契約判断を委ねません。
着手順は、1荷主・1コースを選ぶ → 時刻と作業の定義をそろえる → 計画と実績を結ぶ → 人が差の原因を確認する → AIで選択肢付き提案書を下書きする → 営業と運行管理者が金額・契約を確定するです。最初の1業務は、1荷主・1配送コースの月次「配車の答え合わせ」です。
出典・参照データ
本レポートの分析は以下の一次情報に基づいています。統計・数値の詳細は各出典をご確認ください。
- 令和7年版 国土交通白書 第1節 担い手不足等によるサービスの供給制約国土交通省
トラック輸送状況の実態調査を参照。荷待ちがある運行の集計対象について、2024年度n=1,259、2020年度n=315の拘束・荷待ち・荷役等を引用
- 2024年4月以降の労働時間の実態等国土交通省
一般貨物自動車運送事業の実運送事業者が対象。回答は2024年度2,544運行、2020年度1,315運行であることと、図表集計対象数を参照
- DXを活用した荷待ち時間等の客観的な把握によるトラックドライバーの長時間労働の是正と適正取引構築のための調査国土交通省
2025年3月公表の4件の実証。集配先別の計測、荷主への改善交渉、C社の荷役時間と日報事務工数を引用
- 新たなトラックの標準的運賃を告示しました国土交通省
標準的な運賃の水準を8%引き上げ、荷待ち・荷役、燃料高騰分、下請手数料等の適正転嫁を見直したことを参照
- 物流効率化法について(荷主・物流事業者の皆様へ)国土交通省
2026年4月施行の特定事業者に対する中長期計画等と、2025年4月施行の契約書面交付を含む改正概要を参照
- 改正貨物自動車運送事業法(令和7年4月1日施行)について国土交通省
荷主・トラック事業者等の運送契約締結時の書面交付義務と、2026年4月から貨物利用運送事業者へ対象を拡大したことを参照
- 定期報告国土交通省 物流効率化法理解促進ポータルサイト
荷待ち時間等の定期報告、原則として荷待ちと荷役等を分ける計測、サンプリング時の対象施設・期間・運行の考え方を参照
- 「荷待ち時間」と「荷役等時間」の算定方法について国土交通省 物流効率化法理解促進ポータルサイト
指示時刻の有無に応じた荷待ちの起算点と、荷積み・荷卸し・検品等を含む荷役等時間の定義を参照

