業種別レポート生成AI教育学習塾

【業種別】教育・スクール — 講師の質のばらつきを埋める

学習塾費に年間1円以上支出した児童生徒1人当たりの平均は、公立中学生で34万9千円、公立高校生で38万1千円でした。AI講師支援の無作為化比較試験(RCT)を手掛かりに、誤答直後の返しを講師が確認して全生徒へ届ける着手順を示します。

分析
服部 淳
代表取締役 / 業務変革コンサルタント
公開日
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Key Findings

  • 令和5年度調査で学習塾費に年間1円以上支出した児童生徒1人当たりの平均は、公立中学生34万9千円、公立高校生38万1千円だった
  • 米国の7週間の無作為化比較試験(RCT)では、未受験を不合格とした授業終了時確認問題の合格割合が、AI支援へアクセスできる講師群で62%から66%へ4ポイント上がった
  • 同じRCTで、事前評価が低い講師群の合格率は56%から65%へ9ポイント上がった
  • 最初の1業務は、1教材・1単元の誤答に対する返しをAIが候補化し、講師が選択・編集して送ること

サマリ

教育・スクール事業では、教材を用意しただけでは価値が完結しません。生徒が解き、つまずき、講師から返しを受け、もう一度考える。その一往復が積み重なって初めて、学習の手応えになります。しかし、同じ誤答でも、すぐ答えを教える講師、考え方を尋ねる講師、具体性のない励ましで終える講師がいます。

文部科学省の「令和5年度 子供の学習費調査」では、学習塾費に年間1円以上支出した児童生徒1人当たりの平均額は、公立中学生で34万9千円、公立高校生で38万1千円でした。学習塾費には複数の塾への支出や交通費も含まれるため、1社の年間売上を示す値ではありません。一方、この調査は塾の継続率や、フィードバックが退塾を防ぐ効果を測っていません。

生成AIを使う余地は、教材を大量生産することより、生徒が間違えた直後に、講師が選べる返しの候補を毎回用意することにあります。AIが自動で採点や進路判断をするのではありません。承認済みの教材、解説、指導方針と、生徒の今回の回答だけを基に、問い返し方やヒントを候補化します。講師が根拠を確かめ、生徒の状況に合わせて選択・編集し、送ります。

結論は、最初の1業務を「1教材・1単元の誤答に対するフィードバック案の作成」に絞ることです。教材全体や全教室へ広げる前に、返却までの時間、講師による修正、再回答、次の確認問題を一続きで記録し、学習品質と継続意向を別々に確かめます。

データ:業界の現在地

学習塾費は、年間で数十万円の関係になる

文部科学省の「令和5年度 子供の学習費調査」は、公立・私立の幼稚園、小学校、中学校、高等学校(全日制)の1,603校、53,025人を対象に保護者へ回答を求めた標本調査です。有効回答は21,736人でした。対象期間は2023年4月1日から2024年3月31日までの1年間です。

同調査の「学習塾費」には、入会金、授業料、講習会費、教材費、通塾先での模擬テスト代、交通費が含まれます。学習塾費に年間1円以上支出した児童生徒1人当たりの平均額は、公立小学生19万3千円、私立小学生36万1千円、公立中学生34万9千円、私立中学生32万8千円、公立高校生38万1千円、私立高校生44万4千円でした。

学習塾費に年間1円以上支出した児童生徒1人当たりの平均額

令和5年度調査の学校種・公私別平均です。

  • 公立小学校年間1円以上支出者
    19万3千円
  • 私立小学校年間1円以上支出者
    36万1千円
  • 公立中学校年間1円以上支出者
    34万9千円
  • 私立中学校年間1円以上支出者
    32万8千円
  • 公立高校(全日制)年間1円以上支出者
    38万1千円
  • 私立高校(全日制)年間1円以上支出者
    44万4千円

抽出された児童生徒のうち、学習塾費に年間1円以上支出した者だけの1人当たり平均です。全児童生徒の平均、月謝、塾1社の売上、生徒の継続期間を示す値ではありません。

学校種や公私の違いを、塾の単価差や指導の質の差と読み替えることはできません。また、有効回答率は学校種・公私別で34.3%から64.1%まで差があります。この調査から確認できるのは、学習塾費を支出した児童生徒では、授業料、講習会費、教材費などを合わせた1人当たり年間支出が数十万円規模になる場合があることです。

2023年まで、受講生1人当たり売上は上向いてきた

経済産業省の「止まらない少子化、学習塾への影響は?」は、第3次産業活動指数と特定サービス産業動態統計を使い、学習塾の活動、受講生数、売上高の推移を整理しています。受講生数を基にする学習塾指数は2014年から2018年まで上昇し、2020年に大きく低下、2021年に回復した後、2022年と2023年は再び低下しました。別に算出した売上高指数は2020年を除いておおむね上昇し、受講生1人当たり売上高の指数も2016年以降上昇したとしています。

この統計は、学習塾業務を行う調査対象企業の月末在籍受講生数と月間売上高を集計したもので、業界全体へ復元した悉皆値ではありません。また、1人当たり売上の上昇が授業の質、個別指導、講習、価格改定のどれによるかを切り分けるものではありません。

少なくとも、事業者が「生徒数を増やす」だけではなく、在籍する一人にどの価値を返し、関係を続けてもらうかを考える必要がある市場だと私たちは見ています。ここでいう継続価値は統計が証明した因果ではなく、事業設計上の仮説です。

AI支援を使える講師群では、授業終了時の合格率が4ポイント上がった

Stanford大学などの研究者による「Tutor CoPilot: A Human-AI Approach for Scaling Real-Time Expertise, Version 2」は、米国南部の一学区とチャット型個別指導事業者で行った事前登録済みの無作為化比較試験(RCT)です。前年度の州テストで学年水準未満となり加速支援の対象になった3〜6年生(小・中学校)のうち、9校から研究講師との授業を1回以上受けた児童生徒1,013人が分析対象です。初期対象の講師900人をAI支援あり・なしへ無作為に割り付け、実施期間中に対象生徒を指導した783人の講師、4,136回の授業を分析しました。実施期間は2024年3月27日から5月17日までの約7週間です。

未受験を不合格として全4,136授業を分母にした無条件の集計では、授業終了時の確認問題に合格した割合が、対照群の62%からAI支援へアクセスできる群の66%へ4ポイント上がりました。講師の事前品質評価が低い群では56%から65%へ9ポイント、経験が短い群では61%から68%へ7ポイント上がりました。

AI講師支援へのアクセス有無と、授業終了時確認問題の合格率

米国のチャット型算数指導で行われた7週間のRCTによる、全4,136授業を分母にした無条件の結果です。

全参加講師

  • 対照群AI支援なし
    62%
  • 介入群AI支援へアクセス可能
    66%

事前品質評価が低い講師群

  • 対照群AI支援なし
    56%
  • 介入群AI支援へアクセス可能
    65%

経験が短い講師群

  • 対照群AI支援なし
    61%
  • 介入群AI支援へアクセス可能
    68%

未受験を不合格として扱った同じ米国RCTの授業終了時確認問題です。講師は無作為割付ですが、生徒は毎回同じ講師に固定されず、群別結果は事前品質評価・経験の三分位による異質性分析です。日本の塾、他教科、長期成績、継続率への効果ではありません。

この研究でAIが講師へ示したのは、答えそのものだけではありません。生徒に考え方を説明してもらう、考えを導く質問をする、正しい試みを具体的に認めるといった指導方略です。講師メッセージ24万1,005件の分析では、AI支援へアクセスできる講師は、生徒に考え方の説明を促す働きかけが有意に増え、一般的な励ましが有意に減りました。導く質問の差は統計的に有意ではなかったため、増えたとは断定できません。

ただし、年末の標準テスト得点には統計的に有意な改善が確認されませんでした。分析対象の67%が経済的に不利な状況にあると分類された米国南部の一学区で、前年度の州テストが学年水準未満だった児童生徒を対象としています。対象教科は算数、授業形式はチャット指導、実施期間は約7週間に限られます。生成候補が学年に合わないことや、氏名を除いても会話から個人情報が伝わる危険も報告されています。

データ:この業界だけの構造

教材は共通でも、価値は「誤答の次の一言」で分かれる

教育・スクールでは、同じ教材と解説を使っても、生徒の誤答理由は一つではありません。計算手順を忘れたのか、問題文の条件を読み落としたのか、考え方は合っていて表記だけ違うのかで、次に返すべき言葉が変わります。

ここで講師がすぐ正答を伝えれば、その場では進めますが、生徒がどこで考え違いをしたかは残りません。反対に、抽象的な「もう一度考えて」だけでも、生徒は次の一歩を選べません。共通教材を、一人ひとりが次に考えられる問いへ変える接点がフィードバックです。

生成AIには、生徒の今回の回答、承認済み解説、よくある誤り、指導方針だけを渡します。候補には、使った根拠と「確認できないこと」を付けます。講師は、生徒の過去の様子や対話の温度を踏まえて、候補を採用、修正、却下します。

AIは講師を採点せず、返しの候補を全講師へ配る

講師品質のばらつきを埋める目的で、講師をAIスコア順に並べると、別の問題が生まれます。生徒の難易度、担当教科、発話量、授業形式が違うのに、一つの数字で評価すれば、現場はAIの助言を避けるようになります。

先に行うのは評価ではなく、熟練講師が使う返し方を、選べる候補として全講師へ配ることです。どの候補を選び、どう直し、生徒がどう答え直したかを残せば、教材チームは効果のある返しを検証できます。講師の雇用・報酬・担当変更を、AI出力だけで決めません。

誤答を、次の学習行動へつなぐ3段階

AIが生徒への最終回答や講師評価を確定する流れではありません。

  1. 承認済みの根拠と照合する今回の回答を教材、解説、よくある誤り、指導方針と結び付ける
  2. AIが返しを候補化する問い返し、短いヒント、説明を促す言葉を根拠付きで下書きする
  3. 講師が選び、次を記録する候補を修正して送り、再回答と次の確認問題まで人が確かめる

AIはフィードバック案をそろえる補助役です。生徒を理解し、返しを決め、学習・進路を判断する責任は人が持ちます。

学習記録と事業指標を混ぜない

誤答への返却時間が短くなった、生徒がもう一度回答した、次の確認問題を通過した。これらは学習運用の指標です。一方、授業継続、追加講座、紹介、年間売上は事業指標です。両者を同じ画面に並べても、前者が後者を生んだ因果までは分かりません。

学習指標は単元・授業単位で、事業指標はコース・契約期間単位で持ちます。まず、返しの質と次の学習行動が改善したかを確かめます。その後、継続意向や更新理由を本人・保護者へ聞き、教材、講師、価格、進路目標など他の要因と分けて読みます。

未成年者の回答、学習履歴、講師との会話は慎重に扱う必要があります。総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン 第1.2版」が示す人間中心、プライバシー保護、公平性、透明性、アカウンタビリティの観点からも、利用目的、入力範囲、保存期間、閲覧権限、本人・保護者への説明を先に決めます。

服部の分析

教材の量や解説動画の本数は、比較しやすい指標です。しかし、生徒が続ける理由は、コンテンツの多さだけでは決まりません。分からなかったときに、次に何を考えればよいかが返ってくる。その小さな成功体験を重ねられるかが重要だと私たちは見ています。

教育・スクール事業の強みは、同じ教材を持っていることではなく、生徒の反応を受け取り、次の一言へ変える仕組みを持っていることです。ここは、教材を一度販売して終わる事業とは異なります。授業、宿題、チャット、添削のたびに、生徒との関係を更新できます。

例えば、生徒が割合の文章題を間違えたとします。講師Aは正答と解法を返し、講師Bは「何を1と置いたか」を尋ね、講師Cは「惜しいです。もう一度」と返すかもしれません。これは実在教室の再現ではなく、返しの違いを示す仮想例です。生成AIが、承認済みの指導方針から問い返しの候補を用意すれば、経験の浅い講師にも選択肢ができます。講師は生徒の様子を見て、そのまま使わず調整します。

生成AIによって初めて取りに行ける付加価値は、講師を減らすことではありません。これまで熟練講師の頭の中にあった返し方を、授業のたびに呼び出せる候補へ変え、全生徒へ一定水準の「次に考えられる返し」を届けることです。その積み重ねが継続理由になり、結果として顧客生涯価値(LTV)につながるかを、事業者自身が検証します。

提言 — どう付き合っていくか

1. 最初の1業務を「1教材・1単元の誤答への返し」に絞る

つまずき方が整理されている教材を一つ選びます。生徒の回答に対して、AIが「考え方を尋ねる質問」「一段だけ進めるヒント」「説明を促す言葉」を下書きし、講師が根拠を確認して選択・編集します。全教科、自由会話、進路相談から始めません。

2. 熟練講師の返しを、承認済みの指導方針にする

よくある誤りごとに、何を確認するか、どこまでヒントを出すか、正答を伝える条件、避ける表現を教材チームと熟練講師が決めます。AIはこの範囲だけを使い、根拠が見つからなければ「講師確認」と返します。学年、教科、単元が違う知識を勝手に混ぜません。

3. 講師の編集と生徒の再回答を一続きで記録する

AI案、採用・修正・却下、送信した返し、生徒の再回答、次の確認問題を結び付けます。AI案の採用率だけを成功指標にせず、返却までの時間、再回答率、次の確認問題の結果を見ます。講師の評価、報酬、担当変更をAI出力だけで決めません。

4. 学習の改善を確かめてから、継続価値を検証する

一つの教室・コースで、対象単元の開始前と導入後を比較します。学習指標が改善したら、生徒・保護者へ継続理由を確認し、教材、講師、価格、進路目標と分けて記録します。退塾率やLTVが改善したという因果は、対象期間と比較条件を決めてから判断します。確認できて初めて、他単元・他教室へ広げます。


本レポートは公開資料に基づく分析です。Tutor CoPilotの結果は米国の一学区、算数、チャット指導、約7週間の研究で、日本の学習塾や長期継続への効果を直接示すものではありません。AIを導入する際は、生徒・保護者への説明、個人情報の利用目的、入力範囲、保存期間、アクセス権限、人による確認を各事業者の契約・規程に合わせて設計してください。

出典・参照データ

本レポートの分析は以下の一次情報に基づいています。統計・数値の詳細は各出典をご確認ください。

  1. 令和5年度 子供の学習費調査 調査の概要
    文部科学省

    公私立の幼稚園から全日制高校まで1,603校・53,025人を対象とし、有効回答21,736人だった抽出・回収条件と学習塾費の定義を引用

  2. 令和5年度 子供の学習費調査 調査結果の概要
    文部科学省

    2023年4月から2024年3月の学習塾費について、学校種・公私別に年間1円以上支出した児童生徒1人当たりの平均額と集計上の注意を引用

  3. 止まらない少子化、学習塾への影響は?
    経済産業省

    学習塾指数の2014年から2023年までの増減と、学習塾売上高・受講生1人当たり売上高の指数推移を引用

  4. Tutor CoPilot: A Human-AI Approach for Scaling Real-Time Expertise, Version 2
    Stanford SCALE Initiative / EdWorkingPapers

    初期対象の講師900人を無作為割付し、実参加783人・3〜6年生1,013人・4,136授業を分析した7週間のRCT結果と限界を引用

  5. AI事業者ガイドライン 第1.2版
    総務省・経済産業省

    教育事業者がAIを使う際の人間中心、プライバシー保護、公平性、透明性、アカウンタビリティの責任分界へ反映